• 綾衣の膝からすべり落ちた三栖紙

    Sonntag, 24. März 2013

     綾衣の膝からすべり落ちた三栖紙《みすがみ》は白くくずれて、彼女は懐ろ手の襟に頤《あご》を埋めた。何か言いたい大事なことが喉まで突っかけて来ていても、今はまだ言うべき時節でないと無理に呑み込んで、彼女はきっと口を結んでいた。  やわらかい雨の音はささやくように低くひびいた。近所の小店《こみせ》で時を打つ柝《き》の音が拍子を取って遠くきこえるのも寂しかった。行燈の暗いのに気がついて、綾衣は袂をくわえながら、片手で燈心をかかげた。その片明かりに映った外記の顔はいよいよ蒼白かった。 「まあ、いい。その時はその時のことだ。取り越し苦労をするだけが馬鹿というものだ」と、外記は捨て鉢になったように言った。 「ほんとうに、どうなるやら知れない先きのことを、前から苦労するのは馬鹿らしゅうありんすね」  運命の力が強く圧しつけて来るのを十分に意識していながら、男も女も堪《こら》えられるだけは堪えて見ようと、冷やかに白い歯を見せていた。しかもその歯を洩れる息は焔《ほのお》であった。 iPhone 買取 Reiseblog & Reisefotos zu Japan. globalzoo.de

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