• 知らねえ、知らねえ

    Freitag, 15. März 2013

    「知らねえ、知らねえ。そんな狐にいつまで化かされているものか」  自分の口から狐と云い出して、巳之助はふと気がついた。この女はほんとうの狐であるかも知れない。悪い狐がお糸に化けておれをだますのかも知れない。これは油断がならない、と彼は俄かに警戒するようになった。 「ねえ、巳之さん。わたしはどんなにでも謝《あやま》るから、まあひと通りの話を聴いて下さいよ。ねえ、もし、巳之さん……」  口説きながら摺り寄って来た女の顔、それが気のせいか、眼も鼻も無い真っ白なのっぺらぼう[#「のっぺらぼう」に傍点]の顔にみえたので、巳之助はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。彼は夢中で提灯を投げ出して、両手で女の咽喉《のど》を絞めようとした。 「おまえさん、何をするの。あれ、人殺し……」  突き退けようとする女を押さえ付けて、巳之助は力まかせにその咽喉を絞めると、女はそのままぐったりと倒れた。 「こいつ、見そこなやあがって、ざまあ見ろ。憚りながら江戸っ子だ。狐や狸に馬鹿にされるような兄《にい》さんじゃあねえ」 早慶個別スクール -小学生・中学生・高校生- 学習塾?個別指導塾 まつがく

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