十吉は縁側から空を仰いで

Sonntag, 24. März 2013


 十吉は縁側から空を仰いで、つくづく飽き果てたように言った。五月末の夏の日も小やみのない雨に早く暮れて、古い家の隅《すみ》ずみには藪蚊が人をおどすように唸っていた。 「あんまり雨が降るので、きのうも今日もお米坊が見えないね」 「むむ」と、十吉はなんだかきまりの悪いような返事をしていた。お米と十吉とはゆくゆく夫婦にするつもりで、お時も承知、お米の親たちも承知しているのであった。お米の噂が出ると、年の若い十吉はいつも顔を赤くしていた。  雨戸を閉めてしまって、母子《おやこ》は炉の前にむかい合った。降りつづいた梅雨の夜はうすら寒かった。雨はざあざあ[#「ざあざあ」に傍点]と降っている。近所の田川が溢れるように、ごぼごぼ[#「ごぼごぼ」に傍点]と流れる音が雨にまじってさわがしく聞えた。  明けても暮れても母子さし向いのこの一家では、別に新しい夜話の種もなかった。二人は黙って別々に自分の思うことを考えていた。若い十吉はお米のことを思うよりほかはなかった。お時はさすがに思うことが多かった。わが子のこと、嫁のこと、それから殿様のこと、それからそれへと毎日同じことがいろいろに考えられた。そのうちでもこの頃のお時の胸をいっぱいに埋めているのは、番町の殿様の問題であった。箕輪と山の手と懸け離れていては、そうたびたびたずねて行く訳にはいかない。たとい近いとしても、うるさく出這入りはできない。ただ、よそながら案じているばかりである。 浦安 歯科 Blog ? oonohirosi