投げ出すはずみに
Freitag, 15. März 2013
投げ出すはずみに蝋燭は消えたので、提灯は無事であった。潮あかりに拾いあげたが、再び火をつける術《すべ》もないので、巳之助はそのまま手に持って歩き出そうとする時、彼はどうしたのか忽ちすくんで声をも立てずに倒れてしまった。 さびしいと云っても東海道であるから、狐のうわさを知らない旅びとは日暮れてここを通る者もあったが、あいにくに今夜は往来が絶えていた。巳之助が正気にかえったのは、それから二刻《ふたとき》ほどの後で、彼は何者にか真向《まっこう》を撃たれて昏倒したのである。ようよう這い起きて、闇のなかを探りまわると、提灯はそこに落ちていた。ふところをあらためると、紙入れも無事であった。 「お糸はどうしたか」 星あかりと潮あかりで其処らを透かして視ると、女の形はもう残っていないらしかった。自分をなぐった奴が女を運んで行ったのか、それとも消えてなくなったのか、巳之助にもその判断が付かなかった。第一、自分を殴り倒した奴は何者であろう。物取りならば懐中物を奪って立ち去りそうなものであるが、身に着けた物はすべて無事である。お糸はやはり狐の変化《へんげ》で、その同類が自分に復讐を試みたのかと思うと、巳之助は急に怯気《おじけ》が出て、惣身《そうみ》が鳥肌になった。口では強そうなことを云っていても、彼は決して肚《はら》からの勇者でない。こうなると怖い方が先に立って、彼は怱々《そうそう》にそこを逃げ出した。個別指導 早慶個別スクール 塾長ブログ [学習・受験] All About|勉強法や各種学校情報を紹介